先日、友人に質問された。「本当に好きな飛行機って何?」その友人とはもうかなり長い付き合いだ、職業も違う、人生観も違う、経済観も違う、何ひとつ合うものが無い、ただ、たまに会ってお互いの近況を話す仲だ、だから長続きしているのかもしれない。
確かに小生がしょっちゅう、この飛行機、あの飛行機、そこいらの全部みたいなことをいっているからに違いない。さて、はたと考えた。まとまらない、何だろう・・・・?
ジェット機、それともレシプロ機、そりゃなんてたってレシプロ機だよ、だけどジェット機もね、好きなのだ。用途別で戦闘機、爆撃機、偵察機、練習機これまたいっぱい、でも、やっぱレシプロ機かな、そうだな〜、1920年代〜1930年代のね。
小生はこの時期の飛行機が好きです。片や冒険家たちがエアレースや無着陸で速さや距離を競い、一攫千金と売名に血道を上げた。
片や飛行機を旅客、郵便などの事業に、より安全で広く活用しようと多くの技術者や資本家、はたまた国家まで巻き込んでの大開発競争、それに女性パイロットの活躍など。
そんな環境だからいろんな飛行機が現れては消えていった。通常の飛行機は勿論のこと、飛行艇、飛行船、(飛行船は飛行機か?)にオートジャイロ、大きいのや小さいの、民間、軍用を問わずである。
ドイツに至ってはあきれるほど大きい飛行艇を旅客用とは言え、国威発揚かプロパガンダぐらいにしか使えないようなものまで、しかし、そんな中で着実に淘汰が行われていった時代でもあったようだ。
そんなことをぼーっと考えて小生は思った、いつもなら「ふ〜〜ん」って聞いている友人だが・・・・・・・・・・・。別れ際「いいなお前は、そうやって夢の中で遊べるから」男らしくて、まじめで一本気な奴だ。少々柔軟性に欠けるが地味な仕事をコツコツとやれる奴。
小生には永遠に真似できない、ただただ憧れる奴だ。何となく感じたこと、こういう奴が生にくい時代なのか?秋の夜風が首から胸元にスーと入ってきた時代は変わったんだな〜寒・・・・・・・・・・・。
この飛行機の話をしよう。飛行機に関わらず何でもそうなのだが、まず第1操縦しやすいこと、第2頑丈なこと、第3故障しないこと、第4作るのにお金と手間がかからないこと、これは軍民を問わず一般に言えることだ。そういった意味で今回制作した99式襲撃機/軍偵察機は将にそのものだ。
あまり目立たない飛行機だが、良く働いてくれる多用途機、けっして戦闘機のような華やかさはない。前線での主な任務は、陸上部隊の支援、偵察、連絡など、こまごまとしたことをよくこなすありがたい奴だ。
使い回しがきいて頑丈、従ってアジア・太平洋の至る所で活躍した。風貌は決して格好いいとは言えない。しかし、どこか惹きつける愛嬌というか可愛いらしさが憎めない。
キットはニチモさん、子供のころ戦艦でお世話になった。伊勢か日向を作って貰ったような記憶がある。その当時、大きい模型を買うということは誕生日かお正月のお年玉ぐらいだった。それ以外はマルサン1/100飛行機か、100円戦車ぐらいなのだ。
以前、ニチモさんの1/48キ45改“屠龍”を作ったのだが、どうにもあの細かい凹点が気になって表面塗装の時、黄色く塗ってやめてしまった苦い経験がある。
だから今回かなり悩んだ。どのようにするか考えていた。そんな時、あまり記憶は定かではないが、雑誌で誰かが、やっぱり細かい凹点が嫌だったのか、表面をレジンかなんかで埋めて、再度線を彫り直したって記事を読んだ。
しかし、レジンを扱ったことのない小生、記事の中でレジンを扱う前、パテで同様のことをしたとも書いてあった。パテは乾燥に時間がかかったようなことが書かれていたと思う。
但し、これも定かではない、記憶を何とか使い終わり寸前の歯磨き粉のチューブのように絞り出した。とにかくやって見ようということで作業開始だ。まず、パテをポタポタと塗る。ちょっと表現がおかしいがこんな感じなのだ。
塗っては乾かし、乾かしては塗るを3回ぐらいやっただろうか、ようやく各パーツの作業が終わり、#400〜#1200のぺーパーかけを終らせ、いよいよ線彫りだ。
もたもたしているとパテが剥がれ落ち、凹点が出てくる。剥落は各所で発生、随時パテの塗布、根気よく対応する。
しかし、記事の中で「今回はレジンでやる」と書いてあった意味が何となく分かった。浅はかである。ここで投げたたら“屠龍”の二の舞だ。岩にしがみつく思いで凌ぐ、何とか線の彫り直しも終わった。
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