掲載機の概要と製作雑記 


  旧日本帝国陸軍
 九九式双発軽爆撃機 T型(キ−48)



データ

エンジン 中島 ハ−25型

離昇出力 990馬力 ×2

最大速度/高度 480Km/3500m

航続距離/時速 2400Km/−−−Km

乗  員 4名
ハセガワ社製 1/72





            制 作 雑 記
 【 プロローグ


  今年はどうも春が遅く、カラッ風が強く吹く日が多かった。特に、ビルとビルの間などで起こるビル風って〜奴は、異様な吹き方をして始末に悪い。以前は、西新宿一帯の超高層ビル群がそうであったが、最近は都内随所で異様なビル風に出くわすのである。

  ついこないだまで、チッチャなビルと町屋だった所が、1ブロック全部新地になってしまい、高層マンション兼オフィス兼ショッピングモールというご時世なのである。こんな異様なビルがアッチコッチに出現し、異様な風を巻き起こす。異様なビルと異様な風のコラボレーション、はははぁ〜〜だ。靖国通りを都電が走っていた頃が懐かしい。

  先日、イラク戦争のニュースの中で、配信される映像の信用性に付いてなにやら検証していたが、愚かな行為と笑う気にもならなかった。どう考えてもイラクが勝つ訳がないのである。このように言うとイラクの人に悪いけれど、今やアメリカは戦争国家なのだ。戦争を求め徘徊しているのである。戦争をすべく行動し、お膳立てして仲間を募り、暴挙に出る。絶対に勝つのであるから猿芝居をどのように演出するか、どう見せるかを当然考えている。

  それも、超エリート達に湯水のように大枚を振舞ってだ。そのようにして作りだされた映像を世界に流してしまえば、それが既成事実なのである。小生とて、フセイン政権がどう悪く、どう良いかなど本当のことは分からない。全てはマスメディアから無秩序に垂れ流されるさまざまな、これを情報と言うべきか疑問であるが、毒味もせずに毎日飲み込んでいるのだ。

 それを映像の信用性などと言われても、毎日のニュースの中にですら信用性を疑うべきものが有るというのに、また、今更映像の信用性などと言ってもね〜。寧ろ、事実を事実として如何なる偏見をも排除し、中立性を堅持していらっしゃったんでしょうか〜ね。とそこまで言いたくなる。

  以前、日本史の教師という人との会話の中で、「少なくとも何ら信用できない貴方たから、大よそ、個人が将来に渡って持つであろう人生観に影響を与えかねない歴史に付いて、教わろうとは思わない。」と言ったことがある。当然、相手は不満を体全体で表していた。そして「じゃ〜どのように歴史を知るのか?」と切り返えしてきたので「読み書き算盤の類は別にして、情感や死生観に及ぼすようなものは、人格を損ない兼ねないので、自分で師を求め勉強する。」と言ってやった。

  チョッとオバーかとも思ったが、余りに“タカビー”で威丈高だったので買いことば的な言い方をしてしまったが、教師という生き物に恵まれなかった小生は、そのような手合いが出現すると異様な興奮とファイトが沸いてくるのだ。徹底的に戦う。首と胴が離れて、首だけになっても
(モンティーパイソンのアサー王の1シーンを思い出す)悪態を吐いているだろう。拒否反応というか、鳥肌(関西では寒イボと言うらしい)が立つのである。教師の人には悪いがね!!

  客観性というものは非常に厄介で、特に歴史においては“その時の考え”という特殊性を常に考えの中に含むべきなのである。今の時代の目だけから見ていては、いけないのだ。その時代その時代で、人々の考え方は変わるからに他ならないのである。

  さて、将来このイラク戦争を後世の人はどのように見るのだろうか?残念な事に小生も歴史的に言えば加担者であり、連体責任の範囲にきっと入ってしまうのが、何となく憂鬱である。



 99式双発軽爆撃機T型キ−48 】

  えぇ〜、前置きが長くなったのは、単に小生が年を取ってしまったからだろうが、今回は、99式双発軽爆撃機T型キ−48である。愛称も何も無い。この辺が戦闘機と扱われ方がチョッと違うのだけどね。但し、米軍が“リリー”なる可愛らしいコードネームを付けていたのが救いでもある。

  そこで、この機の説明から行くが、説明書にある紹介文がかなり簡潔ではあるがキチンと書かれているので、その文からの拾い読み的な説明になるのをご理解頂きたい。まず、九九式と言っているので昭和14年に正式採用かと思ったのだが、正式には昭和15年7月とのことなのだ。当時、旧帝国陸軍は九七・九八と二種類の軽爆撃機を保有していたが、何れも単発であった。仮想敵国ソビエト連邦で、新たにツポレフSB2なる爆撃機の開発に挑発された旧帝国陸軍は、同様の小型双発軽量緩降下爆撃機を川崎航空機に発注、当初より開発は順調で、初飛行後即生産という優等生であった。

 勿論、土井武夫翁の設計チームが担当したのだが、後日談として九九式双軽に0.8を掛けて設計されたのがキ−45改“屠竜”だとか、稼働率が良く日中戦争から太平洋戦争の全般全戦域に登場し、信頼度の高い優秀な機体であった。生産総機数1977機は、軽爆撃機とは言え爆撃機としては異例の多さである。いずれにしても、帝国陸海軍機の中での評価が今一つであることに少々の苛立ちをも覚える。もうチョッとライトが当たって良いと思うのだが、敢えて身贔屓に言わせてもらえれば、これがB25・26のような働きができたらな〜〜、と思うのは小生だけであろうか?こんなところが主な説明となるが、後で参考資料を載せておくので詳しくはそれらをご覧あれ。


制 作 履 歴

  では、キットの履歴となるとこれは今回初めてと言っても差し支えないだろう。しかし、昔、それも小学1〜2生くらいだろう思う。何やら霞みのそのまた奥の暗闇にぼんやりではあるが、1/100くらいのを作ってもらったのかな〜〜というのも無くはない。これを人は、幻と呼ぶのであろうか?であるが、今回を初めてと宣言する。1/72ハセガワ社製で、当初はT型としていたが新パッケージを機会に、U型に変更したのだろう。現在は生産されていないとの事であって、市中在庫でしか買えないようだ。そもそもマニア社製でマニア社倒産後、金型がハセガワ社に移ったと聞いた事がある。今は遠き昭和のお話しだ。これらがキットと履歴に付いてなのだ。さて制作に、そろりそろりと参ろうかの〜太郎冠者ハハハ………。

山浦龍雄軍曹と九九式双軽
99式双軽の迫力ショット






          次項に続く→



   


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