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M4 シャーマン中戦車
  完成写真に解説を付けた  











M4 シャーマン中戦車


M4A3 シャーマンWA

のつもり!?
今から40年以上前に作ったタミヤ社製の初代シャーマン、その後10年間手を入れ続け改造を重ねた。
角ばったシャーマンの形状と数々の不満に満たされない日々と年月が続く。



     
1/32かな?明らかにオーバースケール?

車体前面下部曲面形状はいかんともし難い。

     
主砲の防楯カバーは布の端切れで手作り。 廃莢口・フェンダーの歪みなど蚊取線香で悪戦苦闘が続いた。





しかし、そこには大きな落とし穴があった〜〜〜!!
不満沸点!!萎えた〜〜〜。
   
部品のモールドの甘さや履帯がチョッと変??またも不満。 ギアボックスによる車体前面下部曲面が変だー!!



M4A1型中戦車 シャーマンU 前期型
車体前面下部曲面をひたすら削る・削る・削ってメリハリだけでもの一念でひたすら削る。

     
小型砲塔に小型防楯にハッチ一つが良い。履帯はタミヤさんのを
拝借です。

散々削った前面下部は裏から見ると透けるほどだ。少しはメリハリ
が付いただろうか?

丸ポチャタイプがグッドシェイプだ。 車体後部からの形も何とも良い。



M4A1型中戦車 シャーマンU 前期型 アップリケ装甲付
弾薬庫の面に緊急のパッチワーク

     
アップリケはタミヤさんのA3から拝借した。

前出の車体より緑色を強くしてオリーブグリーンに近い色に
してみた。

主砲は75_砲、4号Dには強いがGとは互角の戦い。 アップリケは側面が1インチ前面が1.5インチだった。



ITALAEREI?F.V.ITALERI TOMY??一体何物?何か主砲がやけに長く書いてある〜?75mm砲じゃないの〜?



M4A1型シャーマンUA 76mm砲搭載、大型砲塔型
75o砲じゃ〜なく、76o砲でした。しかも丸ポチャなんだけど何となく違うような〜、1944年ノルマンディー上陸戦から参戦した。

     
結局、社名はイタレリ社に落ち着いたんですね。

車体前面下部曲面は良いね〜。履帯はタミヤさんから拝借です。

部品点数が多いのとプラの感じがチョッと違うのに違和感を感じた。 ハンドルやライトのプロテクタなど細かい所まで良くできている。


寄り道ボタン






二話、丸ぽちゃM4シャーマンが.....


  1960年代の中ごろから70年代の日本のMBTは61式中戦車という事なんだろう。その後74・90式と世代が移るが、その当時M4A3E8戦車(イー・ジーエイト)いわゆるM4シャーマンの最終型やM24戦車も現役で使われていた。
 
事実、60年代後半でも無天蓋の貨車にシートカバーをかけたM4戦車やM24戦車を操車場や貨車置き場で見かけたもので、比較的道から良く見える所でしかもシートカバー無しで置いてある時などは、わざわざ電車を降りて見に行ったものだった。



  その時の色の印象はMR,HOBBY“12番”オリーブドラブ(1)や“38番”オリーブドラブ(2)とは違い青緑に近い色だった、当然全体にしらっちゃけていたので実際にはオリーブドラブだったのかも知れない。

 そんなことでM4A3E8戦車は意外と身近な存在で少し興味を持って見ていると貨車で移動中をよく見かけたのである。もちろんその当時はでM4シャーマンの最終型しか無かったわけでそれ以前のM4シャーマンに出あう事はなかった。



  しかし、本や雑誌にはM4A3E8戦車ではないM4シャーマンなる戦車の写真が掲載されているわけで、一体それはどこに行けば見られるだろと想像する日々であった。月日は流れ最初にシャーマン戦車を特集した雑誌を手にしたのは「SHERMAM」サブタイトルが“連合軍を勝利に導いたシャーマン戦車”と銘打った1977年に発行されたモデルアート 新年号 臨時増刊であった。


  今日のように、ふんだんに情報が得られない時代に、これだけ資料性を帯びたものを掲載するのは並大抵ではないし、他では見た事がなかった。内容は現在のモデルアートの臨時増刊のスタイルが、この当時既に確立されていたのだと思わせるように、写真を織り交ぜながら丁寧に解説されている。しかし、相手がシャーマン戦車だけに、まとめ上げるのに苦労の跡がしのばれる。


  雑誌の中の一覧表にもあるが車種だけで19種類に及ぶ、種類の多さは他の戦車に見られない多さなので、解説を読む事すら厭になるほどなのである。こう言うとお叱りをうけるがそれだけシャーマン戦車は、整然性が欠けているのだ。

 その辺は独軍の戦車のほうが遥かに理に適った種別分けをしている。これから始めるシャーマン戦車の思い入れ話は種類や機能というのではない、ただ単にそれらだけでいいとするならば、次に紹介する雑誌を読んでくれればシャーマン戦車をほぼ理解できるので、ここに記す事にする。



  1.1977年 通巻120集 モデルアート 新年号 臨時増刊 「SHERMAM」
  2.1981年 bV6・77・78 PANZER 8・9・10月号 「M4シャーマン」
    3.「グランドパワー」でM4シャーマン戦車を4回に分けて特集

    ※PANZER 8・9・10月号 「M4シャーマン」は特集号ではなく雑誌内での特集
    ※「グランドパワー」のM4シャーマン戦車特集は購入していないので詳細は不明


  上記の紹介で2番目に紹介した戦車雑誌PANZERの8・9・10月号「M4シャーマン」特集は木田雅也氏(面識はありません)が、三回に分けてシャーマン戦車の内容を細かくイラストと写真で紹介している。

 その後現在まで31年、認識している雑誌は3番目に紹介した「グランドパワー」でシャーマン戦車を4回に分けて特集(最後は特集号だったか?)していた。本屋さんでパラパラと見て買うか迷ったが結局買わずじまいでした。そのほかは申し訳ないがよく知りません。


  それでは、チョッと前置きが長すぎたようですが始めます。シャーマン戦車には角ばったタイプと丸ぽちゃタイプの2種類がある事は知ってると思うけど、丸ぽちゃを米軍司令部は鋳造製としてM4A1と名付けた。このタイプはシャーシが圧延鋼板の溶接構造で、車体上部が鋳造でできていて何とも良い雰囲気をかもし出している世界でもまれな戦車と言っていい。

  そう言うのも鋳造タイプの戦車が米国以外にも存在していたからだ。仏国でソミュアS35・オチキスH35・ルノーR35の三車種、英国で巡航戦車MkTセンチネル(実際には豪州製)の一車種が存在している。



  但し、英国のセンチネルと言う戦車、今回これを書くので下調べをしていた時にウィキペディアで発見した珍品である。因みに本文から一部抜粋させて頂いてここに記しておきたい。


 
 「センチネル巡航戦車(じゅんこうせんしゃ -)は、第二次世界大戦中のオーストラリア軍により、ヨーロッパ戦線用にデザインされた戦車である。また、戦争を太平洋地域へ拡大しようとする日本の脅威や、日本のオーストラリア侵攻へのおそれからも作られた。

 この戦車は鋳造による一体構造の車体をもつ最初の車両であり、オーストラリアで大量生産された唯一の戦車でもあった。配備に移されたころにはオーストラリア機甲部隊はイギリス製やアメリカ製の戦車を装備しており、実戦には使用されなかった」


  と、まあこういう事だ。解説文の中に生産数65両と書かれていて本気で作っていたようである。


  珍品の話はさておき鋳造タイプは圧倒的に仏国製が多いのにも驚いたが、格好の良さという点からは、仏・英(豪)両国とも格好いいとはお世辞にも言えない。敢えて言うならばソミュアS35が可愛いと言えるかも知れない。

全体のフォルムの流麗さはM4A1には遠く及ばない。これら仏・英の4車種は40年代以降戦車が大型強力化していく中で使い物にならなくなった。その点M4A1は45年の大戦終結まで実用に耐えた優れものであった。先にも書いたセンチネルという戦車に付いては何とも言いようがない。



  面白いのはM3リーもA1が鋳造タイプでそれ以外はリベット止めのタイプ、その流れでという訳でもないだろうが、M4シャーマン戦車もA1が鋳造タイプでそれ以外は圧延鋼板の溶接タイプである。

 これは米軍に決りか何かがあって鋳造タイプはA1にする事になっているとか?それは無よね?リベットだらけよりは鋳造タイプのM3A1リーの方が柔らかい感じで好感が持てる。



  ところで、M4A1はM4の鋼板溶接タイプよりも前に生産が始まっている。普通M4があってそれに何がしかの改造が加わって新しくA1と名付けるのが妥当だが、M4の場合その考え方を棄てないと後々まで理解ができない。改造を加える度にA1、A2、A3と呼び名が変わっていかない。

 例えば車体前下部だが三分割タイプと1枚のタイプがある、一見すると三分割タイプが古く1枚タイプが新しいように思えるがそうではない、両方が並存していたのである。まぁ〜一見すると三分割のほうが古くて一枚タイプが新しいと思うよね〜。

 だけどね。そういう事じゃないの!ココ大事なところ、前にも言ったけどM4A1は鋳造タイプの総称なのよ。そして、それ以外の鋼板タイプの車体を米国にある大手の自動車会社に製造を割り振ったのよ。

 段々分かってきた?三つに分けたのが先か、自動車大手の会社が三社だからか、A2、A3、A4と言う事にしたのは分からないけどね〜、推測でものを言うのはチョッと問題だけど、戦車を作れる会社っておのずと収斂されるよね。

 少し整理されたかな?まず、A2はGM社版M4と理解してね〜、A3がフォード社版M4、A4がクライスラー社版M4とこういうように米軍司令部が各社に同時発注し、それぞれの会社が自社版のM4を作製したのだ。ココの辺は何とも米国だよね。製造会社で分けるなんて。あくまでも民間が主体、どこかの国に聞かせたいね〜。



  そこでA1に戻るけど、少なくともM4A1は次の三社以外は作っていない。リマ・ロコモーティブ、パシフィック・カー&ファンドリー、プレスド・スティール・カーの三社が6,281両作り、43年中に生産を終了している。と言う事は、M4A1の生産は42年の初頭からだから2年に満たない。

 最初に生産をはじめたリマ・ロコモーティブ社は19ヶ月という短期間に1,655両、パシフィック・カー&ファンドリー社も19ヶ月で926両、プレスド・スティール・カー社が21ヶ月で3,700両という驚異的な速さで戦線に送り出している。



  この三社が要するに鋳物屋さんでそれ以外が角ばったシャーマン戦車を作った鉄工屋さんということになるね。だけど正確には自動車屋さんなんだけどね。まぁ〜鋳造屋さんじゃ〜ない事は確かだな?少し引っ掛かるけど拘りは置いとこう。

 どっちが生産性が良いかと問われればやっぱり鉄工屋さんに軍配が上がるだろう。鋳造技術は溶接技術より高度だということではなく、生産設備が大変なのと分業化が難しい事だろう。それと角ばっている方が広く使えるというのも大きな利点である。

 ある一定の空間にどれだけの砲弾が積めるかは勝負の別れ目になるんだけど、なぜかM4A1は使われ続けたんだ。それだけ戦車が不足していたんだろう。Dデイ以降もパシフィック・カー&ファンドリー社が76o砲搭載版M4A1を生産し続けているものね。いささか車体と大型砲塔のバランスが悪い感じがするが。



  よくシャーマンは不恰好という人がいる、友人にもいて自分の好きな戦車を誇らしげにとうとうと語るのである。それに飽きるとシャーマンをダシに「何だあんなの」と半ば嘲笑と軽蔑の眼差を投げかけてくる。

 そんな時、どうにも反論の決め手がないから個人の趣味に立ち入るなとかわすしか手がない、もっともここで相手の好みに付いて攻撃すればできなくはないが、相手も待ってましたとばかり輪をかけて畳かけてくる。酒の席でこうなると後が厄介なので適当に聞いた振りをしているが自慢と中傷は続く。



  頃合を見計らって「でも最後は勝ったから」と言って少し白けさせて話題を変えようとするが「負けても強いものは強いのだ」と息巻くのである。どうにも分が悪いので趣味は趣味だからとまたも話題を他の話に変えて「蓼食う虫も好き好き」のたえでその場をやり過ごす。

 そして心の中でそっと呟くのだ。M4A1のあの優美で可愛いく女性的な柔らかいフォルムが解からない奴は本当に可哀相な奴だと思うと、酒が旨いのである。



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