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M4A1 シャーマン中戦車
  完成写真に解説を付けた  











M4A1 シャーマン

   
M4A1 型中戦車シャーマンU前期型        M4A1型中戦車シャーマンU前期型 アップリケ装甲付

M4A1型シャーマンUA 76mm砲搭載、大型砲塔型





M4A1 型中戦車シャーマンU前期型

ニチモ社製 1/35

M4A1初期型のシャーマン、T6の臭いを随所に漂わせている。

      
鋳造車体と砲塔のバランスが愛らしい。     砲塔とM34型小型防楯が良く似合う。

      
      
独特の垂直スプリングサスペンション、M4A1は支持輪を後
ろにずらしたヘビー・デューティー型になった。
       車体のラインが弓なりの優しいラインだ。



M4A1型中戦車シャーマンU前期型 アップリケ装甲付


ニチモ社製 1/35


M4A1初期型 、当座しのぎのアップリケ装甲付、まずは防御に徹する事が大事なのだ。

      
車長用ハッチが一つ、75o砲装備の小型砲塔で独逸国軍に
臨んだが、相手は一枚上手だった。
       北アフリカ戦線で四号短砲身を凌駕したがG型と対峙した時は
互角だったろう。

   
      
M4A2・M4A3のようにグリルが露出してない後部上面が、
スッキリとした感じを与えるようだ。
       アップリケは車体両側面が1インチの鋼板、前面の操縦席と副
操縦席の前に1.5インチの鋼板を溶接。



M4A1型シャーマンUA 76mm砲搭載、大型砲塔型

イタレリ社製1/35

76mm砲と大型砲塔でグレードが一段と増した。

   
車長用ハッチがキューポラ型に、装填手用ハッチも大型になる。        エンジン出力が380HPから400HPにアップした。
      
      
小型砲塔を見慣ていると大型砲塔のバランスが悪く見える。

       44年ノルマディーから登場、これでパンサー・タイガーと互角
に戦える。


寄り道ボタン




一話、M4シャーマンの名前の由来かな?


M4シャーマン、シャーマンの命名は何時、誰が命名したの?その名の由来は米軍の将軍?そもそもシャーマンとは呪術者という意味だけどいささか出どこの分からない名前だと思わない?それはM3スチュアート、M3リー、M5スチュアート、と米軍の戦車の命名が迷走気味でM3スチュアート、M3リーとM3が二つあるんだけどからモヤモヤが始まった。


そもそも呼び名というか正式名称が同じ呼び名である自体おかしいのよ、例えば台風3号が二つあるとか、テレビで「台風3号が過ぎ去った後に新しく台風3号が発生しました」とかありえなよね。ま〜M3の場合は軽戦車のM3と中戦車のM3なんだそうで車体そのものを見れば形が違うし大きさも違うんでよしとするとしてだ。因みに台風は同じ呼び名にして欲しくないよね。M3スチュアートとM5スチュアートは車体が同で車体上部の形状が若干違うだけの“似ている”という代物なんだよ〜。


 それにしても何とも複雑、何がって?米軍はね、M5スチュアートを最初はM4スチュアートにしようとしたけど、流石にM4が二つになるのは混乱するからってM5スチュアートにしたんだって、モヤモヤして気分が収まらないんだよね〜米軍の戦車。そこにM4中戦車なんだから、この件は追々書いていくけどね。これがまたややっこし〜のよ。


  話を最初に戻すけどシャーマンはやっぱり将軍の名前を頂戴したの?疑問を持ちつつ頂戴したと仮定するとスチュアートとリーは南北戦争当時、南軍で名馳せた名将軍の名前だよね〜。シャーマンは北軍の将軍だけどそれでいいの?戦車の正式名称や命名でもモヤモヤなのにね。



  それで調べてみたんだけど、そもそもシャーマンって命名したのは英軍なんだって、英軍ってよくやるよね〜、例えば“ムスタング”元々米国ではP51で名無しの権兵衛で英軍が名付け親なんだよ、他にはA20“ボストン”(米軍はハボック)とか、まだあるよ〜M3中戦車は“グラント”だし、M3スチュアートは“ハニー”だって、英軍は愛称で呼ぶのが好きみたいだね。


  チョッと脱線しちゃったけど英軍ではM4中戦車を「ジェネラル・シャーマン」て言ったそうで、北アフリカ戦線はエルアラメインの反抗作戦「スーパーチャージ作戦」を英軍が決行した、知ってるよね〜カイロへの最後の防衛線だったところ。


  ロンメル軍団をかろうじて食い止めてその後の戦線を有利に進めた大事な一戦だったことも知ってるよね〜。その大事な一戦がM4中戦車の初陣という訳で、英軍の期待極めて大であったことは容易に想像できるのよ。


  従って、M4中戦車の呼び名が、かつて南北戦争当時、猛将の名を欲しいままにした将軍の名前を頂戴したのもむべなるかな、フムフムと納得なのである。しかし、ここで先のM3について考えてみよう、スチュアートもリーも南軍の将軍の名前なんだよね。


  ところが、英軍ではM3リーがM3グラント、グラントって北軍の総司令官で後に第18代大統領になった人なんだよ〜、何が言いたいかというと、米軍は戦車への命名は南軍の将軍名で英軍は北軍の将軍名、これって何か意味があるのかな〜、チョッと気になるよね。但し、ハニーていう将軍は南北両軍にいませんから、あしからず。


  米国では南北戦争(1861年〜1865年)が終わってから1940年で丁度75年目になる、ご存知のように米国は合衆国でしかも“州の独自”という独立色の強い国だってこと、南部は特にその気合が強いといわれているよね。


  事実、南北戦争も奴隷制が要因、連邦政府南部の11州が奴隷制存続を求め反旗を翻して合衆国を脱退、11州で連合国を結成しようとしたことが戦争の発端だからね。それから70数年北部の都市では戦争の話は遥か昔のこと思っていても地方では、特に南部で未だ承服しかねるという空気はそこかしこに漂ってたんだろう。


  まして軍となると各州がその主体をなしているし、連邦政府としては国をまとめるという意味でも南部を軽んじる分けにはいかないからね。軍内部も同様、かつての南軍の将軍を称え戦車の命名には南軍の将軍名を付けることで配慮を南部諸州に示した、というのは考えすぎだろうか?



  しかし、状況は戦車の命名がどうのとか英軍の名付けがどうのと暢気なことを言ってられなくなったんだ。連合国の危機的状況はヨーロッパを失いロシアも苦戦中ということから、北アフリカ戦線も敗退するようなことになると地中海周辺国を失うことになる。


  これは枢軸軍がロシアとの戦いいかんではバルカンから北アフリカ、中近東を手中に収めることになり、中東の原油はもちろん大西洋の覇権そのものを脅かしインドへの交通遮断という事態になってしまう。英国にとって生命線の破綻を意味する訳、それは詰まり完敗というしかないね。



  そうなると挽回は遠い先の話になりかねないしね、もはや風前の灯のバルカン、中東、ウラル山脈西側のロシア厳しいね〜。ここはなんとしても米国が援助することで楔を打ちたいところだろう。前にも言ったけど戦車の呼び名が南軍の将軍であろうと北軍であろうとそんなこと言っている場合じゃ〜ないってことなんだよ。


  兎に角、風雲急を告げる北アフリカ戦線にその尖兵としてM4中戦車318両が、英第8軍に届けられたことは「M4シャーマン」がその後3年にわたって開始される大反抗作戦の主体を成す輝かしい第一歩でもあったということなんだ。フムフム。

                                                次頁につづく。




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